腐敗する巨大新聞社の社長追放計画、次の狙いは二股不倫の一方からの激白?
「吉須君、そんなことはどうでもええじゃろ。要するにじゃな、杉田君が村尾とのことを暴露する可能性もありよると踏んじょるんじゃわ」
「彼女が週刊誌に“激白”でもするというんですか」
深井が箸を止めて、目を見張った。
「そうじゃ。仮にそうならん時はじゃ、関係が続きよるんじゃから、ツーショットのチャンスがあるじゃろ。どっちに転んじょってもええんじゃわな」
「でも、会長。村尾はそれでいいとして、うちの松野はどうなんですか」
「そうなんじゃ。問題は松野じゃ。相当な“恐妻家”らしいからのう。じゃが、ノー天気な男じゃけん、秋になりよれば、密会を始めよるじゃろとみちょるんじゃ」
「松野の不倫も10年以上続いているらしいですから、そう簡単には別れないでしょうね」
「そうじゃろ。秋になりよったら、また動こう、思っちょる。お主らには結果は必ず知らせるよってな。まあ、吉須君も機嫌を直しよってくれや」
「会長、臍なんか曲げていません。今は、今回と同じように週刊誌の取材に応じることくらいなら構わないと思っていますよ」
「それなら安心じゃ。わしが次に動き出しよる時も連絡しよるけん、頼んだぞ。よし、お主らも食べ終わっちょったようじゃから、今日はお開きにしよるか」
ほっとした様子の太郎丸が唐紙を開け、手を叩いた。
×××
吉須と深井の二人が「すげの」を出たのは午後7時45分。吉須が何度も噛みついたこともあり、太郎丸は今後の段取りについては何も語らずに、「もう国民本社に戻らなやならん。まだまだ、大震災絡みの紙面に目を通さにゃなんけんのう」と言い残してそそくさと出て行ってしまった。
二人は銀座方面に向かって歩き出した。「すげの」での、少し気まずい雰囲気が尾を引き、会話は弾まなかったが、そのまま別れて帰る気になっていないのはお互いにわかっていた。しばらく、無言のまま、並んで歩いたが、我慢できなくなった深井が切り出した。
「吉須さん、もう一杯飲んで行きませんか」
「…。そうだな。俺たちとしての総括もしておいた方がいいからな」
「それじゃ、僕が帰りに時々、立ち寄る『立ち飲みバー』があるんですよ。そこで一杯やりましょう」
深井は吉須を先導するように少し足を速めた。そして、銀座の『立ち飲みバー』に入った。午後8時過ぎだった。
『立ち飲みバー』は客もまばらだった。ちょうど客足が途絶える時間帯だったからだ。立ち飲みバーはサラリーマンたちの飲み会の始まる前と後に混み合うらしい。午後8時過ぎと言えば、一次会の真っ最中だ。