そもそも、日銀の異次元緩和は壮大な実験であった。「大規模緩和したところで、2%の物価上昇につながるかは、なんの根拠もない」とアナリストの多くは声を揃えた。異次元緩和策は家計や企業のインフレ期待に働きかけ、デフレ期待をインフレ期待に換えることがすべてと言っても過言ではない。期待を膨らませることで、消費や投資を喚起したり、金融機関に対して貸し出しやリスク資産へのシフトを促したりして景気循環のメカニズムを加速させることを狙った。
そのメカニズムを作用させる起爆剤となるのはいうまでもなく、「2年で2%」というコミットメントを掲げたところにあるわけだ。極論すれば、そのコミットメントが未達となれば、この2年間の金融政策の枠組みが根底から覆される。それだけに、黒田総裁は自己正当化を図るためにも目標先送りは絶対に認められないのだ。
「目標先送りもやむなし」の声
とはいえ、さすがに黒田日銀ののらりくらりの弁明に厳しさを感じたのか、官邸周辺が慌ただしくなってきている。目標未達の責任追及が安倍首相に及ぶのを恐れたのか、金融緩和をゴリ押ししたリフレーション派、いわゆるリフレ派と呼ばれるブレーンたちが、目標先送りやむなしの発言を始めたのだ。
最大のブレーンである浜田宏一内閣官房参与は外資系通信社の取材に対して「原油安は日本に恩恵をもたらす」「日銀は物価目標を1%近くに下げてよい」「達成期限3年への延長検討も」「目標軟化でも信頼損なわれない」などと発言。確かに、目標に固執しすぎては景気回復という主目的から現実が離れることになりかねないが、目標を打ち出すことで期待に働きかけるメカニズムの枠組みを維持してきた以上、ためらいもない目標先送りは当初のスキームが瓦解していることを自ら認めているようにしか映らない。
こうした動きを無視するかのように、目標に変更はないと主張する黒田総裁。援護射撃を続けていたはずの官邸周辺との間にすきま風が吹き始めた今、どこまで「緩和当初からスタンスに変化がない」という主張を変えずに、耐えられるのか。市場では10月にも新たな金融政策を打ち出すとの見方もあるが、その判断の前倒しを迫られる可能性も高まっている。
(文=金融ジャーナリスト/黒羽米雄)