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片田珠美「精神科女医のたわごと」

野田市・女児虐待死を招いた市教育委員会、“凡人”が“最悪の結果”を招く恐ろしさ

文=片田珠美/精神科医
野田市・女児虐待死を招いた市教育委員会、“凡人”が“最悪の結果”を招く恐ろしさの画像1野田市のHPより

 千葉県野田市で今年1月、小学4年の栗原心愛(みあ)さんが死亡し、父親の勇一郎容疑者が傷害容疑で逮捕された事件で、同市の教育委員会は、心愛さんが虐待被害を訴えていたアンケートのコピーを父親に渡したという。

 心愛さんは2017年11月に当時通っていた小学校で実施されたアンケートで、「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」とSOSを出した。そのため、児童相談所は虐待の可能性が高いと判断し、一時保護した。その後、翌2018年1月に父親にアンケートの内容を見せるよう強く迫られ、渡さざるを得なくなったと、教育委員会は釈明した。

 教育委員会の担当者の記者会見の映像を見たが、そんなに悪い人という印象は受けなかった。むしろ、“普通”の人という印象を私は受けた。もっとも、この手の“凡人”が、必ずしも悪気はないのに、最悪の結果を招く、つまり結果的に “悪”をなすことは少なくない。

 これは、主に次の3つの理由によると考えられる。

(1)思考停止
(2)想像力の欠如
(3)自己保身

思考停止

 まず、アンケートのコピーを父親に渡した教育委員会は、恐怖から思考停止に陥っていた可能性が高い。これは、会見で「威圧的な態度に恐怖を感じ、屈して渡してしまった」と述べたことからも明らかである。

 教育委員会は会見で「訴訟のことですとか、親の権利を主張されたり、言葉や態度から非常に威圧を感じた」とも話している。父親が、心愛さんの一時保護の後、小学校の校長に対して、今後心愛さんを保護する際にはすぐに父親に情報を開示することなどを約束させる「念書」を書かせたことからも、威圧的で“怖い”人だったことは容易に想像がつく。

 もっとも、いくら威圧的で、恐怖を感じたからといって、「ひみつをまもります」と明記されていたアンケートのコピーを加害者である父親に渡すことが許されるわけではない。恐怖を感じたのも無理からぬ話だが、渡せないものは渡せないと断るべきだったと思う。断るのが怖かったのなら、「一存では決められないので、会議で話し合ってから返事します」と伝え、児相や警察などと協議のうえで対応を検討するのも1つの手だったのではないか。

 われわれ医師も、威圧的で、恐怖を与える患者から、自分に有利になるような診断書を書くよう求められることがある。「診断書に嘘は書けません」と断ると、怒鳴ったり、暴れたりする患者もいる。

 もっとも、怖いからといって、それに屈して患者の要求通りに診断書を書くと、刑法160条の「虚偽診断書等作成」の罪に問われかねない。だから、のらりくらりとかわしながら、向こうがあきらめるのを待つ技術を身につけなければならないが、この技術は教育委員会にも必要なのではないだろうか。

想像力の欠如

 アンケートのコピーを父親に渡したら、どういう事態を招くかを想像することもできなかったように見える。

 まず考えられる事態は、父親の怒りにさらに拍車をかけることである。「お父さんにぼう力を受けています」という文章を読んだ父親が激怒するであろうことは、ちょっと考えればわかりそうなものだ。もともと攻撃衝動をコントロールできなくて暴力を振るっていた父親の怒りに火がつけば、暴力が一層激しくなるであろうことは容易に想像がつく。

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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