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木村貴「経済で読み解く日本史」

日本人が知らない「元号」の政治利用

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天皇陛下御在位三十年記念式典(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 4月1日の新元号公表が近づいてきた。当日は政府が新元号を定める政令を閣議決定して発表。天皇陛下が政令に署名し、速やかに公布される予定だ。4月30日に天皇陛下が退位して平成が最終日となり、5月1日午前0時に改元。皇太子さまが新天皇に即位する。

 周知のように、この日程が決まるまでには紆余曲折があった。各種報道によれば、政府は当初、2018年中に公表することを前提に、夏ごろの公表も検討した。しかし、保守派から「早すぎる公表は今の陛下に失礼」との声があがる。結局、2019年にずれ込むことになった。保守派の政治圧力を受け、当初想定から大幅に遅れたかたちだ。

 一方、政府は政府で、天皇の代替わりと新元号を国民の支持拡大につなげようとの思惑がちらつく。4月27日~5月6日には「天皇の即位に国民こぞって祝意を表すため」として10連休が設定され、5月26日からはトランプ米大統領を国賓として日本に招き、新天皇が会見する予定だ。

 元号やその変更(改元)を政治的に利用してはならないとの意見がメディアでは飛び交う。趣旨には賛成だが、そう簡単ではない。歴史を振り返ればわかるように、元号とは政治の産物であり、広い意味での政治利用こそ本来の目的であるからだ。

 元号の元祖である中国で元号が初めて定められたのは、紀元前2世紀、前漢の武帝の時代。「この国に流れる時間・年月とその年月下で生きている民衆を支配するのは王である」という古来の考えに加え、王の名前とは異なる良い意味の漢字を当て、その漢字が持つ意味と雰囲気を重ねた。統治者側の都合に基づくアイデアだったことが、元号の現在に至る本質を物語る。

 この制度が中国の影響下にあった地域に広がり、それぞれの王朝が独自の元号を用いるようにもなっていく。日本もそんな国の一つだった。

日本最初の元号


 奈良時代の歴史書『日本書紀』では大化元年(645年)を元号の開始とするが、当時の都のあった難波宮から、大化4年にあたるはずの年を「戊申年」と干支を使って表記した木簡が見つかっている。政府のお膝元でさえ、元号を使っていない。

 実際に使われた元号の始めは飛鳥時代末期、701年からの「大宝」である。今から約1300年前に定められた、この日本最初の元号の背後に、早くも政治的な演出があったことが伝わっている。

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