任侠山口組「絆會」への名称変更の裏にも六代目山口組・髙山若頭の影?の画像1
任侠山口組から絆會へと名称変更した、織田絆誠組長

 分裂抗争が続くなかで、1月12日に六代目山口組である通達が出されたという。その内容とは、“3つ目の山口組”として官報に指定暴力団の公示がされていた任侠山口組が、「絆會(きずなかい)」と組織名称を変更し、これまで使用していた、山口組の象徴でもある「山菱の代紋」も変更するといったものであったというのだ。

 それを裏付けるように、そのほぼ同時刻に、任侠山口組内では、LINEによる「御通知」が流された。内容は、やはり絆會へと名称を変更させて、代紋を変えるというものであった。

 「任侠山口組は、脱反社を掲げ、2017年の結成当初から、これまでのヤクザ組織とは一線を画す運営手法を採ってきました。そのひとつが、瞬時に情報を共有することができるグループLINEの活用です。今回の御通知もLINEによって直参幹部らに送信されたようで、その文面はすぐさまSNSによって拡散されることになりました」(ヤクザ事情に詳しいジャーナリスト)

 この名称変更の通知が流される数日前から、「任侠山口組が名称と代紋を変更する」という噂が確かにあった。その後、同団体では緊急幹部会が開催されたと見られており、「2、3日中には、正式発表されるようだ」と、業界関係者の間で囁かれていたのだ。それが、現実のものとなったこととなる。

 任侠山口組が絆會へと名称を変更し、山菱の代紋という“山口組の大看板”まで下ろしたことで、2017年以降、3つに分裂してきた山口組において、そのアイデンティティたる山菱の代紋を掲げるのは、現在、特定抗争指定暴力団に指定されている六代目山口組と神戸山口組の2つとなったのである。

 「任侠山口組としては、去年4月に盃事を行って以来、公式的な行事は執り行っていないと見られており、秘密裡に幹部会やブロックによる会合を開催していたといわれている。そんななかで、今回の重大な決定がなされたわけだが、注目すべき点は、六代目サイドにおいても、いち早く任侠山口組の名称および代紋の変更が伝達されたことだ。両団体の間に、事前になんらかの意思の疎通のようなものがあったのかもしれない。神戸山口組の有力団体である太田興業が解散した際も、六代目サイドでは、いち早く通達を出したといわれており、六代目サイドが対立する組織の内部に影響を及ぼすような動きが、水面下で起きている可能性は高いのではないか」(業界関係者)

 その背景を突き詰めていくと、どうしても六代目山口組の髙山清司若頭の存在がクローズアップされる、とこの関係者は話す。事実、髙山若頭が出所してまだ3カ月足らずのこの時期に、任侠山口組が名称を変更したのだ。もちろんその背景には、激化する抗争を踏まえた当局の取り締りの強化や、現在の山口組を取り巻く社会情勢の変化もあるだろう。

 前述した、LINEで通達されたと思われる任侠山口組の御通知には、「(前略)結成当初より、真の任侠道を取り戻すべく、脱反社を最終目標に掲げ、その為にも先ずは山口組の再統合と大改革を目指して参りました。しかしながら、この数カ月の情勢を鑑み、現状では極めて困難で有ると判断致し、親分はじめ組員一同協議の結果、代紋及び組織名を【絆會】と改め、新たなる出発をする事としました」との文章も見られる。

 このような結論に至る過程では、水面下ではさまざまな政治的な攻防が起きていると見るのが妥当ではないか。そして、新たな道を歩み始めた絆會は、どのような運営方針を執っていくのだろうか。髙山若頭出所後、分裂騒動が目まぐるしい展開を見せ続けている。

(文=沖田臥竜/作家)

●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新刊は、元山口組顧問弁護士・山之内幸夫氏との共著『山口組の「光と影」』(サイゾー)。

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