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杉江弘「機長の目」

「電車内で携帯使用禁止」という日本の異常さ…単なる鉄道会社の要請こそトラブルの元

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
「電車内で携帯使用禁止」という日本の異常さ…単なる鉄道会社の要請こそトラブルの元の画像1
「GettyImages」より

 乗客1人がマスク着用しないことで通常運航できない航空会社が内外に続出している。トラブルの経緯はそれぞれだが、長年国際線などで乗客のトラブルをうまく収めて安全を保ってきたパイロットとして、今日の情況は異常で極めてお粗末としかいいようがない。

トラブルの原因は航空会社とその組織運営にある

 新型コロナ対策で乗客にマスクを着用させるか否かは航空会社で任意で決められるものである。HPやチェックインカウンター、それに搭乗口で乗客に対し機内でのマスク着用を「協力要請」なのか「規則」なのかを明らかにしておけば済む簡単な問題であるはずだ。調べてみると、航空会社によって対応はさまざまだ。「協力要請」であれば乗客が着用を拒否しても搭乗拒否できないし、「規則」としているならば搭乗拒否をすればよい。

 9月7日に釧路空港から関西国際空港に向かったピーチ・アビエーション機が新潟空港に臨時着陸した事例は、よく調べると会社側のマスク着用に関する方針が搭乗口まで不明で、機内でCAが着用しないと飛べないと言い出したことが発端であった。CAが、男性旅客から「協力要請だから自分は拒否する」と言われた段階で会社の本部と連絡を取り、会社としての考え方を旅客に伝えていれば騒ぎにはならなかったであろう。答えは協力要請か規則のいずれかしかなく、男性にそれを明記したものを示せば済んだはずだ。

 つまり、社内での組織運営がきちんとなされていなくて、乗客のマスク着用について社全体での意思統一がなされていなかったことが原因である。

臨時着陸するほどの事態なのか?

 一旦は問題をあいまいにしたまま離陸した後の、上空でのCAと機長の対応もひどいものであった。男性が「ピーチの運航約款ではどのように定められているのか」と質問したことには回答せず、それまで議論に加わっていなかった客室の総責任者にバトンタッチされる。

 すると、そのCAは「途中で降りていただく」と言い、続いて命令書を読みあげた。「航空機の安全の保安等に支障を及ぼすおそれのある行為」という項目に該当するといったものの、男性が該当理由を質問すると回答せず、前方に引き返してしまった。その後、当該便は新潟空港に臨時着陸して、結果的に関西空港には2時間16分の遅れで到着したのであった。

 機長は航空法第73条の4に基づき命令書を出す権限があるものの、当時の機内の状況は、男性が耳が不自由のため大きな声でCAたちと口論となっていたくらいで、どう考えても新潟空港に着陸しなければならないものではなかった。暴力行為がエスカレートする等の行為がなかったのだから、そのまま関西空港に飛んでいき、再度会社の責任者が男性に説明すれば済む問題であった。

 会社と連絡を取っての行為であろうが、機長の判断のほうが優先されることになっている。そもそも新潟上空から関西空港への降下態勢までは約30分にすぎない。一連の判断と行為は、機の責任者としてあまりにもお粗末としかいいようがないものだ。

車内での携帯電話の使用は協力要請止まり

 一連の航空機内でのマスク着用トラブルは、多くの国民が日常経験する電車やバス等の車内での携帯電話使用のあり方にも参考になるものだ。結論からいえば、誰でも車内で携帯電話を使って会話してもよい。

 そもそも車内で放送されるあのアナウンスは法的なものでなく、始まりは関東の私鉄会社間で決めたにすぎない。当初はペースメーカーに影響するからと使用自粛を要請していたものの、総務省が18センチ以上離れていれば問題ないとしたことによって、いつの間にか「会話はほかの乗客の皆様に迷惑だから」と要請を継続して今日に至っている。 

 関東の私鉄で放送されていた携帯電話使用禁止の車内アナウンスは、その後、JR、関西の私鉄・JRへと広がり、今では全国の輸送機関で同じ表現で行われるようになった。

車内で起きるトラブルはルールと勘違いから

 車内で携帯電話の使用をめぐるトラブルは絶えない。単なる口論ならまだしも、年配の男性が若い女性に電話の使用をやめるように注意したところ、逆ギレされ痴漢と言われ警察に逮捕されるという事件まで起きている。

 このような事件で裁判となっても、鉄道会社は「あれはお客様への要請であり法的なルールではありません」と責任を回避するので、結局当事者たちが馬鹿を見るだけになるのだ。さすがにマスクの着用をめぐっては大きな事件にまで発展することはないようだが、この携帯電話の使用もまったく同類の問題と考えられる。

「車内では静かにしてほしいので、携帯電話での会話はやめたほうがいい」という意見もあるだろう。しかし、海外ではあのような車内のアナウンスを行うところはなく、みな自由に会話をしていて、私に言わせると日本だけが異常である。シンガポールの友人にこの日本の実情を話すと、「車内で使えないのなら、なんのために携帯電話があるの?」と言い返される。

「外国は外国、日本には車内では静かにしようとする文化があってもいいのでは」という意見も出るだろう。それならば国会等できちんと議論して法律をつくればよい。多くの国民がそれを望み多数決で車内での携帯電話の会話を禁止する法案を可決すれば済み、トラブルもなくなるだろう。

国会議員とマスコミはこの問題を取り上げたことがあるのか?

 日常的に車内で口論や事件の原因となる携帯電話の使用について、約700人の国会議員やマスコミはこれまでに何をしてきたのか。私の知る限り、誰も質問しないし、マスコミでも問題視されてこなかった。弁護士出身の議員なら憲法第31条を知らぬわけがない。憲法第31条は簡単にいえば、何人も法律によらなければいかなる処罰も受けないということを規定しているのである。

 私はこの問題を早くから取り上げ、自著ではもちろん、2004年には全国紙の「私の視点」というコラムで詳しく論評した。当時その新聞社の編集者は「あなたのような意見は珍しいので、これを機会に議論になれば意義があるので、ぜひ掲載させてほしい」と。そしてこの記事を見た東北のある大学から翌年の入試問題に使わせてほしいと依頼が来たのである。実際に入試問題として新聞に掲載された私の「小論文」をそのまま使い、あなたの意見を述べよという形で出題されたものである。推察するに、当該大学の入試問題担当者は、私の「小論文」が言論の自由とそれを抑制できる社会規範との関係を重要なテーマとして考えたのであろう。

 しかし、残念ながら、それから16年も経った現在でもこの車内での携帯電話の使用という日常生活で誰もが直面するテーマについて取り上げる国会議員やジャーナリスト、マスコミが見当たらない。最初に紹介したピーチ機でのマスク着用の問題が定期便の運航にまで影響を与えた件と根は同じだ。つまり、人類が長い歴史のなかで血を流して勝ち取ってきた「自由権」に対し、日本人はあまりにも鈍感で進歩がみられないということに尽きる。車内であのアナウンスを耳にしたとき、いったいあれは誰がいつつくったのかという素朴な関心すらないこの国民に未来はあるのだろうか。

(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
Hiroshi Sugie Official Site

Twitter:@CaptainSugie

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