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元山口組系組長が激白「山口組はひとつになる」「やくざをやめたら生活できない」

構成=越谷慶/ジャーナリスト
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――叱責と除籍をめぐっては、山口組内部の反発は強かったようですね。「後藤の叔父貴への執行部の対処に我々は断固、抗議する」と題した執行部批判の文書がまかれ、処分者も出ています。

竹垣 その文書には、山口組の会費が高いことや本部から組員に対するミネラルウォーターの強制購入などについての不満も綴られていたと聞いています。実際には、それらだけでなくいろいろあったのでしょう。私は2005年に引退しているので後藤さんの除籍のときにはもうカタギだったのですが、いろいろな噂が聞こえてきたのを覚えています。

 いずれにしろ、現在の分裂は突然起こったものではなく、主にカネの面での不満がたまった結果だと思います。

――今後、山口組はどうなるとお考えですか?

竹垣 山口組に限らず、やめるやくざは多いでしょうね。でも、「時間はかかったとしても山口組を元に戻そう」という動きもあるようです。確かに時間はかかるでしょうが、私もいずれはひとつになると思っています。本当に山口組のことを思うなら、まずは全員が任俠道について考え直すべきでしょう。

――ありがとうございました。

 後編では、かつてやくざを志した経緯や現在のカタギとしての活動について、さらに竹垣氏の話をお伝えする。
(構成=越谷慶/ジャーナリスト)

【※1】
産経新聞2011年10月1日付「山口組組長 一問一答」

【※2】
ばんずいいん・ちょうべえ 江戸時代前期の侠客。肥前唐津藩藩士の子で、江戸花川戸にすむ。口入れを稼業として町奴の頭領となり、旗本奴の水野十郎左衛門らと対立。明暦3年7月18日殺された。歌舞伎、講談などで男伊達の典型とされた。河竹黙阿弥作「極付幡随長兵衛」が有名。本名は塚本伊太郎。(講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

●竹垣悟(たけがき・さとる)
1951年姫路市生まれ。21歳の時に竹中正久組長(後の四代目山口組)率いる三代目山口組初代竹中組傘下の坂本会・坂本義一会長の盃を受ける。28歳で竹中組直参となり、正久組長の秘書やボディガードを務める。四代目亡き後は中野太郎会長率いる中野会、中野会長の絶縁後は初代古川組へ移籍、要職を歴任して54歳で引退。2012年に暴力団員の更生を支援するNPO法人「五仁會」を発足、代表に就任。犯罪者や非行少年の更生・矯正活動などを顕彰する「第5回作田明賞優秀賞」(2014年)受賞。

『極道ぶっちゃけ話 「三つの山口組」と私』 元山口組系組長、現NPO法人代表が語る、テレビでは絶対に言えない「あの事件」の真相。 「これぞ本物の侠(オトコ)。わし以上の“突破者”の声を聞け!」(宮崎学) amazon_associate_logo.jpg

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