【実刑確定の男が一時逃走】原因は保釈を認めた裁判所!? 蔓延する暴論が「人質司法」を強化させる
このように、長期の身柄拘束を、検察側の意向に沿う供述を引き出す“武器”としてきた人たちは、昨今、検察が反対しても裁判所が保釈を認めるケースが増えている傾向を憎々しく思い、今回のケースを反撃の機会ととらえていることは想像に難くない。
一方、冤罪の被害にあった村木さんは、このような「人質司法」について、こう語っている。
「『身柄拘束』は、それ自体が『罰』だと思います。裁判官や検察官、学者や国会議員など、制度を考える人たちの多くは、身柄拘束をされたことがないので、なかなか実感が持てないかもしれませんが、私は、なぜ裁判も始まっていないうちから、このような『罰』を受けなければならないのかと思います。『身柄拘束』については、もっとルールを明確にし、厳格に行うべきです」(『私は負けない・「郵便不正事件」はこうして作られた』中央公論新社)
では、起訴後の勾留と保釈についての「ルール」とはなんだろうか。最高裁のホームページは次のように説明している。
<裁判所は、被告人が証拠を隠滅したり、逃亡するおそれがある場合に勾留しますが、勾留はあくまで裁判を進めるための手段ですから、被告人の身体の自由を奪わなくても、他の方法で同じような目的が達せられるのであれば、その方が望ましいわけです。そこで刑事訴訟法は、被告人が一定の保証金を納めるのと引換えに、被告人の身柄を釈放し、もし、被告人が裁判中に逃亡したり、裁判所の呼出しに応じなかったり、証拠を隠滅したりした場合には、再びその身柄を拘束するとともに、納められた保証金を取り上げること(没取)ができるように保釈という制度を設けています>(裁判手続 刑事事件Q&Aより)
勾留は「あくまで裁判を進める手段」であり、それを考えれば、今回のケースは裁判はきちんと行われ、高裁で有罪判決が確定したのだから、裁判所の保釈の判断にはなんら問題はないと言えるだろう。
今回逃走した男は、高裁判決の際、出廷していないと報じられているが、控訴審では被告人は出廷義務はないので、特に問題ではない。あたかも、裁判所の保釈判断のせいで今回の事件が起きたかのような物言いは、見当違いだ。
勾留中の被告人が保釈される率(保釈率)は、平成初期には25%前後あったが、1994年(平成6年)に20%を切り、2000年代に入ると11~12%にまで落ち込んだ。その後、少しずつ上向き、2011年には20%台を回復し、2018年には32.7%となった。
その背景には、2009年に始まった裁判員制度がある。裁判員裁判では短期間の集中審理が行われるため、被告人と弁護人が裁判が始まる前に、十分な打ち合わせをしておく必要が高まった。拘置所では休日や夜間は面会できず、携帯電話なども使えないうえ、アクリル板越しとなるので、パソコン内の資料を一緒に見ながら説明を聞くことなども難しく、身柄拘束が続いていれば、弁護士との打ち合わせなどにも制約が生じるからだ。
また、郵便不正事件で2010年に村木さんの無罪判決が出され、特捜部検事による証拠改ざんも発覚したことで、裁判所も「人質司法」の弊害についての認識を深めていったのではないか。
捜査段階でも、検察側の勾留請求を裁判所が棄却したり、勾留日数を減らしたりするような判断が増えた。これは、裁判の結果が出る前に、刑罰の先取りをするようなことにならないよう、できるだけ在宅が望ましいという、裁判所がよりルールに沿った対応をするようになった結果といえる。
人質司法の強化に世論誘導しないために
もっとも、検察側が描く筋書きを認めないと長期間の身柄拘束がなされる傾向は、なくなったわけではない。JR東海のリニア建設をめぐって談合があったとして東京地検特捜部が逮捕したゼネコン2社の2人は、9カ月間身柄拘束された。一方、被疑事実を認めた2社の関係者は逮捕も起訴もされていない。
それでも、裁判で検察側の立証が終了するまで身柄拘束が続き、そのうえ弁護人以外の人との面会が禁じられる状態が、長ければ900日を越えた時期に比べれば、その期間は短くなったとはいえるだろう。私立大学支援事業をめぐる受託収賄罪で起訴された文科省元局長は、初公判の前に保釈となった。身柄拘束期間は約5カ月。検察側は異議申立をして保釈に抵抗したが、裁判所はこれを退けている。
報じられているように、保釈される被告人が増えるに従って、保釈中に別の事件を起こして起訴されるケースが増加しているのは事実だ。2016年の保釈中の再犯は162人で、10年前と比べて倍増。この10年の間に、勾留中の被告人が裁判終局前に保釈となる率は14.0%から29.8%になっており、それに比例して保釈中の再犯も増えていることになる。ちなみに2016年に全国の裁判所で保釈された被告人は5万4992人だ。
この年、保釈中の再犯で起訴された罪名でもっとも多かったのは覚醒剤取締法違反の67人。窃盗の48人がそれに次いだ。こうした事件の大半は、薬物や窃盗症などの依存症や摂食障害、生活困窮などが背景にあると思われるが、その場合、実刑判決を与えて刑務所に入れるだけでは問題は解決しないことが多い。服役は、あくまで罰であり、命に関わる重度の摂食障害などを除けば、依存症などの治療が行われるわけではないので、出所後に再び罪を犯すケースが多いからだ。
犯罪白書によれば、2018年に覚せい剤取締法違反で検挙された成人のうち、過去に同じ罪名で検挙された人の割合(同一罪名再犯者率)は、66.2%に上る。保釈せず、勾留を続けたまま実刑判決を受ければ、判決ではその期間の大半もしくは一定期間が「未決勾留日数」として刑期から差し引かれ、服役期間が短くなるだけ。なるほど保釈期間の再犯はないだろうが、出所後に同じ罪を犯すのでは、なんら問題の解決にはならない。逮捕や服役の経験が、本人の更生意欲につながる場合もないわけではないが、再犯を防ぐためにもっとも必要なのは、できるだけ早く適切な治療につなぎ、就労に導くなど本人の更生意欲を高める支援だろう。