マンションが年々着実に増加し、老朽化マンションの割合が急速に高まっていますが、賃貸マンションでは、経過年数が長くなるほど空室が増加し、賃料の低下が避けられません。なかでも、1981年(昭和56年)以前の旧耐震基準で建てられた築50年以上のマンションの場合、早急な耐震強化が必要なのですが、その予算の確保は簡単ではない上、売却するのも簡単ではありません。
今後は、そうした築年数の長い、耐震不足のマンションがどんどん増えていきます。最悪の場合には、建物が放置されて廃墟化し、防犯、防災、景観などさまざまな面で問題になってきます。
そんな八方手詰まりの物件を再生させる新たな手法として、“リファイニング建築”が注目されているのです。リフォームでも、リノベーションでもないリファイニング建築とは、どんな手法なのでしょうか。
建築後50年超のマンションが6.3万戸もある
国土交通省によると、わが国のマンションストックは2018年末時点で654.7万戸に達しています。一時は年間20万戸近かった新規供給戸数が、近年では10万戸前後に減少、増加ペースは半減していますが、それでもストック数が700万戸、800万戸と増えていくことは間違いありません。
問題は、その過程で経過年数の長い建物の割合が年々高まっていくという点です。国土交通省の調査によると、図表1にあるように、2018年現在の築年数50年超のマンションは6.3万戸ですが、そのかなりの部分が1981年(昭和56年)以前の旧耐震基準で建てられているのではないでしょうか。新耐震基準に合致した建物であれば、震度6強や7クラスの大規模地震に襲われても、原則的に倒壊しないことが前提ですが、それ以前の建物だと倒壊の可能性が高まります。
老朽化マンションを耐震補強するのは簡単ではない
今後は、現在の6.3万戸から、建築後50年超のマンションがますます増えます。国土交通省によると、10年後の2028年には81.4万戸に、20年後の2038年には197.8万戸に達します。もちろん、今後増える建築後50年超の物件は、新耐震基準で建てられているわけですが、維持管理などが十分でなければ、老朽化が進み、耐震性が損なわれているリスクが高まります。
一定期間ごとに耐震診断を行い、耐震不足という結果になった場合には、耐震補強する必要があるのですが、これが簡単ではありません。工事には、半年、1年といった長い期間が必要で、入居者に迷惑をかけますし、入居率の低下が懸念されます。それ以前に、工事費の確保が容易ではないのです。規模によっては何千万円、億単位の費用がかかりますが、それを現金で用意できるオーナーは多くないでしょう。かといって、銀行に融資を申し込んでも、老朽化して空室が増加し、賃料が低下しているマンションでは、なかなか審査に通りません。
図表1 建築後30年、40年、50年超のマンションの戸数 (単位:万戸)
(資料:国土交通省ホームページ)
老朽化した賃貸マンションは売却も簡単ではない
それなら賃貸経営を手仕舞して、売却しようとしても、それも簡単ではないケースが少なくありません。というのも、建築後50年も経過していると、建築後に建築基準法が何度も改正されていて、規制が厳しくなっているエリアが多いのです。たとえば、1992年には用途地域が8種類から12種類に細分化されました。それまでは第1種住居専用地域だったエリアが、第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域に分けられ、第一種低層住居専用地域に指定された場所では、高さや容積率の制限が厳しくなりました。
そのため、現在の建築基準法にしたがって建て替えようとすると、延床面積が現状の建物より狭くなってしまいます。それでは、いい値段で売却できませんし、その上、更地にして売却するには解体費もかかりますから、二の足を踏まざるを得ないのです。あれこれ、迷っているうちに、ますます事態は悪化し、手のつけられない状態になってしまうといったケースが散見されるようになってきました。
リファイニング建築の特徴を示す5原則
そんな最悪の事態から脱して、賃貸マンションの経営を再生させる新たな手法として注目されているのがリファイニング建築なのです。これは、リフォームやリノベーションと異なり、経年変化によって弱体化した構造躯体の耐震性能を各種手法によって現行の基準に合致するレベルまで高め、既存の躯体の約80%を再利用しながら、建物の長寿命化を図る再生手法です。建築家の青木茂氏が提唱する手法で、リファイニング建築については、青木氏が代表取締役を務める株式会社青木茂建築工房が商標登録を行っています。
青木茂建築工房では、リファイニング建築の5原則として次の点を挙げています。
1.内外観ともに新築と同等以上の仕上がり
2.新築の60%~70%の予算
3.用途変更が可能
4.耐震補強により、現行法規及び耐震改修促進法に適合する
5.廃材をほとんど出さず、環境にやさしい
新築並みの外観で、仕様・整備も最新に
リファイニング建築では、まず耐震診断を行った上で、その物件に合った耐震補強を行います。写真の例にあるように新たに鉄筋コンクリートを増やしたりすることで、現行法に合致、新たに建築確認申請書を提出し、竣工後には完了検査済証の交付を受けることができるようにします。
それによって、法律上は新築と同様の扱いになり、金融機関からの融資を受けやすくなります。同時に、断熱工事、遮音工事などを行い、最新の住宅設備を設置、新築マンション並みの基本性能や仕様・整備の向上を図るわけです。もちろん、外観も大幅にリニューアルして、一見すると新築と見紛うような仕上がりになります。
しかも、建築基準法上は当初の建築時の条件が継続されるので、竣工後に規制が厳しくなっていても、元の床面積のままリファイニングできるので、延床面積が小さくなることもありません。
リファイニングで家賃がアップして収益向上
それでいて、工事費は新築の60%から70%ですみますから、建て替えや売却よりリファイニングのほうがさまざまな面で有利になります。
賃貸住宅の場合、建築から50年以上が経過していれば、いかに維持管理につとめてきた物件といえども、賃料は周辺相場より2割、3割と安くなるのが一般的ですが、このリファイニング物件の場合、完成すれば、新築並みとはいかなくても、周辺相場の9割程度の設定が可能になります。それだけ、現状に比べて収益力が高くなるので、金融機関から融資を受けやすく、ローンを組んでも十分に採算が合うそうです。
青木茂建築工房では、このリファイニング建築をさまざまなレベルで推進しています。大手不動産の三井不動産や大手住宅メーカーのミサワホームとの業務提携で事業を進めたり、自治体からの依頼によって公共建築物のリファイニングなどを手がけています。
現代のニーズに合わせた断熱性や遮音性を確保
その結果、リファイニング建築によって再生させた物件は10物件に及び、現在も複数の物件の工事が進行しています。三井不動産との業務提携では、2018年に2物件の再生を完了させ、現在も東京都渋谷区と目黒区の2案件の工事が進められています。
写真にあるのは、渋谷区の築50年の賃貸マンションのリファイニング工事中の風景です。戸境壁に新たな鉄筋を組んで、耐震性を強化しています。また、壁厚も20cmほど確保して、50年前には考えられなかった遮音性や断熱性能などを確保しています。断熱性や遮音性に関しては、50年前には今ほど重視されなかったので、特に念入りに注意しているそうです。
この物件の場合、建築基準法上は地下扱いの1階部分を倉庫として利用していたのを、リファイニング後にはエントランスや住戸などに充てることで、共用部分を充実させる一方、住戸を2戸増やすことができました。また、古い5階建て(建築基準法上は地上4階・地下1階建て)のマンションでエレベーターがなかったのですが、内部階段があった部分にエレベーターを設置することもできました。
日本の住宅の平均寿命を100年以上にしたい
三井不動産との業務提携では、現在進行中の2物件のほか、さらに東京都新宿区と練馬区で新規案件が進められているそうですし、ミサワホームは2019年4月、青木氏を取締役に招いた新会社、MAリファイニングシステムズ株式会社を設立。リファイニング建築の設計や不動産再生コンサルティング、またリファイニング建築によって資産価値を向上させて売却する買取再販事業、自社で保有して賃貸する賃貸収益事業を展開する計画です。
なお、青木氏によると、一度リファイニング再生を行った建物を、30年後、40年後にもう一度リファイニングして再生、「日本の住宅の寿命を欧米並みの100年以上にする」というのが夢だそうです。残念ながら著者は、その再チャレンジを見ることはできないでしょうが、リファイニング建築がどんどん広がって、その夢が実現することを期待したいものです。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)