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片田珠美「精神科女医のたわごと」

なぜ母親は生後2カ月の我が子に別人の血を飲ませたのか?代理ミュンヒハウゼン症候群か

文=片田珠美/精神科医
なぜ母親は生後2カ月の我が子に別人の血を飲ませたのか?代理ミュンヒハウゼン症候群かの画像1
「Getty Images」より

 大阪市内の病院に入院していた生後間もない長男に別人の血液を飲ませ、嘔吐させたとして、母親が逮捕された。この母親は、今年2月と3月の2回、当時生後2カ月だった長男の口に、長男以外の人物の血液を入れ、嘔吐させた傷害の疑いがかけられている。警察によれば、長男は入院中に20回以上血を吐いたが、いずれも母親との面会中に起きていたという。

 同様の事件は過去にも起きている。たとえば、2004年7月から2008年12月にかけて起きた点滴異物混入事件である。この事件では、当時30代の母親が逮捕・起訴された。この母親は、岐阜大や京都大の医学部付属病院で、三女、四女、五女の点滴に水道水などを混入し、三女と五女に敗血症などを発症させ、四女を生後8カ月で死亡させたとして、傷害致死と傷害の罪に問われた。

 ちなみに、次女も2001年に3歳で死亡しており、母親の関与が疑われた。また、三女も2歳で死亡しているが、死亡との因果関係が立証できず、母親は傷害罪のみに問われた。なお、五女も京大付属病院入院中に点滴に水道水などを混入されており、この五女の事件で母親の犯行が発覚したのだが、幸い一命はとりとめている。

 この母親は、被告人質問で異物混入の動機について「(子どもが)苦しんでいるのを見たいのではなく、医者や看護師から特別に目をかけてもらうことを望んでいた。存在が認められることに居心地の良さを感じた」と述べた。

 精神鑑定で、「代理ミュンヒハウゼン症候群(Münchausen syndrome by proxy)」と診断され、2010年、京都地裁で懲役10年(求刑懲役15年)の判決が言い渡されている。

「代理ミュンヒハウゼン症候群」

 今回大阪市で逮捕された母親も「代理ミュンヒハウゼン症候群」である可能性は十分考えられる。

「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは、子どもをわざと病気にして医師や看護師に嘘の申告をし、周囲の関心や同情を引こうとする虐待の一種である。命名の由来は、『ほらふき男爵の冒険』の主人公、ミュンヒハウゼン男爵であり、自分自身ではなく、子どもの症状について平気で嘘をつき、ときには症状を捏造するので、「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれる。

 加害者は圧倒的に母親が多く、次の4つの心理的要因が密接にからみ合っていると考えられる。

1)自己顕示欲

2)承認欲求

3)所有意識

4)想像力の欠如

 まず、先ほど紹介した「代理ミュンヒハウゼン症候群」の母親が裁判で「医者や看護師から特別に目をかけてもらうことを望んでいた」と述べたことからもわかるように、周囲の関心や同情を引き、注目されたいという自己顕示欲が強い。

 また、「存在が認められることに居心地の良さを感じた」と述べたことから、子どもをかいがいしく看病する献身的な“良い母親”と認められたいという承認欲求も強いことがうかがえる。要するに、悲劇のヒロインとして注目され、認められたいわけで、だからこそ子どもが退院できそうになると異物混入などによって症状を悪化させるのだろう。

 さらに、子どもを自分の所有物とみなす所有意識も強い。これは、子どもを虐待する親に共通して認められる傾向であり、「子どもは自分のもの」という認識ゆえに、自分の好きなように扱ってもいいと思い込む。

 しかも、しばしば想像力が欠如している。「代理ミュンヒハウゼン症候群」の親は、自分が満足する結果が出て、処置をしてもらえるまで、症状を実際よりも重く申告したり、症状を捏造したりする。その結果、子どもの病状がどんどん悪化し、場合によっては死亡することもあるのだが、そういう深刻な事態を招くことに考えが及ばない。

 このような想像力の欠如が、子どもを死亡させてしまう親に認められることは少なくない。たとえば、最近香川県高松市で26歳の竹内麻理亜容疑者が高級外車の車内に6歳と3歳の姉妹を15時間以上も放置し、死亡させたとして、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕されたが、竹内容疑者にも想像力が欠如しているように見える。猛暑のなか、子どもを車内に長時間放置すれば、熱中症で死亡することは、ちょっと考えればわかりそうなものだが、想像力が及ばなかったようだ。

「代理ミュンヒハウゼン症候群」の舞台は病院

代理ミュンヒハウゼン症候群」が特殊なのは、多くの虐待の舞台が家庭という密室であるのに対して、病院という舞台で展開されることだ。それだけ、加害者の自己顕示欲と承認欲求が強く、医師や看護師などの“観客”を必要とするからかもしれない。

 一般に、「代理ミュンヒハウゼン症候群」の加害者は、熱心で献身的な母親という印象を与える。だから、医師としても、「まさかあの母親が虐待するはずがない」という先入観にとらわれやすく、疑いの目を向けにくい。さらに、怪しまれていると感じると子どもを転院させる母親もいる。

 こうした事情から発見が難しい。今回発覚したのは、長男が血を吐いたのが、いずれも母親との面会中だったからだろう。母親の逮捕によって、しばらく長男を母親から分離できる。もちろん、冤罪であってはならないので、しっかり捜査し、証拠を固めていただきたいものである。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『子どもを攻撃せずにはいられない親』PHP新書 2019年

ビュルガー 編『ほらふき男爵の冒険』新井皓士訳 岩波文庫 1983年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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