玉ねぎはソラマメなどとともに世界最古の常用された野菜のひとつで、旧約聖書の中の一書「民数記」にも、古代イスラエル人が玉ねぎを好んでいた様子が記録されているほどです。
玉ねぎは1年中得られますが、特に春と秋は新玉ねぎが出荷される楽しみな季節です。春に味わうことができるのは、前年の秋にまかれたものです。新玉ねぎは収穫してすぐに出荷されるので水分が多く、フライにすればしっとりと仕上がりますし、丸ごとスチームで調理して、スプーンですくって新玉ねぎ特有の甘みを堪能することもできます。
玉ねぎの食用部分である、厚い葉が茎のまわりに多数重なって球状になっている部分は鱗茎(りんけい)と呼ばれます。厚くなった鱗茎の葉は栄養分をたっぷりと蓄えており、光合成で栄養をつくれるようになるまでは鱗茎に蓄えた栄養を使って生育します。したがって、それを丸ごと食べられる玉ねぎは栄養満点の野菜ということです。
ジャガイモも同じように栄養を地中に蓄えますが、ジャガイモは栄養分をでんぷんとして蓄えるのに対し、玉ねぎは糖として蓄積し、その点が味に大きな違いを与えます。
「新玉ねぎを丸ごとスチームすると、特有の甘みが出る」と前述しましたが、これは、もともと甘い品種を秋まきすることに加え、穏やかな加熱が鱗茎の中にたっぷりと蓄えられた糖を果糖に変化させるためです。果糖は、はちみつにも大量に含まれている成分です。
玉ねぎを切っても30秒以内なら涙が出ない?
さて、そんな栄養満点の玉ねぎですが、困ったことが2つあります。ひとつは調理する際の涙、もうひとつはペットが食べるとショック反応を起こすことです。
玉ねぎには、スルホキシドと呼ばれるたくさんの種類の硫黄化合物が含まれています。それらの中のアリインという化学物質が、涙の原因です。
しかし、アリインの人間への作用は少し変わっています。実は、アリインをそのまま吸い込んでも涙は出ません。玉ねぎをカットすると細胞が破壊され、その中身が混ざり合います。玉ねぎの細胞の中にはアリインのほかにアリナーゼという酵素があり、アリインとアリナーゼが混ざり合うとアリインが分解され、プロパンチアール硫黄オキシドと呼ばれる物質に変化します。
この分子が空気中に拡散し、眼球に付着すると神経を刺激します。神経は目に異物が入ってきたことを感じ取り、それを洗い流そうとして大量の涙を流すのです。
アリインが涙物質のプロパンチアール硫黄オキシドになるまで、玉ねぎをカットしてから30秒くらいかかります。つまり、カットして30秒以内に食べてしまえば涙は出ないはずですが、それは難しいでしょう。そこで、よくカットの前に玉ねぎを冷蔵庫で冷やす方法が取られます。化学反応は温度が低くなると進行が遅くなるため、その仕組みを利用した生活の知恵といえます。
もうひとつはペットのショック反応ですが、居酒屋などでオニオンリングを注文すると、ピリッと辛い玉ねぎに出合うことがあると思います。あの辛さと独特のにおいの原因は、玉ねぎに多く含まれる二硫化アリルという硫黄化合物です。人間以外の多くの動物は、二硫化アリルを摂取すると赤血球が破壊され、酸素の循環が滞って貧血に陥ります。
『食べ物はこうして血となり肉となる~ちょっと意外な体の中の食物動態~』 野菜を食べると体によい。牛肉を食べると力が出る。食べ物を食べるだけで健康に影響を及ぼし気分にまで作用する。なんの変哲もない食べ物になぜそんなことができるのか? そんな不思議に迫るべく食べ物の体内動態をちょっと覗いてみよう。