元プロ野球選手の村田兆治容疑者が9月23日、羽田空港の保安検査場で女性検査員に暴行を加えたとして、現行犯逮捕された。村田容疑者は金属探知機に何度もひっかかったことに腹を立て、女性検査員の肩を右手で強く押すなどしたということで、羽田空港から「男性が暴れている」と110番通報があり、警察官が駆けつけたのだ。
「マサカリ投法」と呼ばれるダイナミックな投球フォームで人気を集め、フォークボールを武器に215勝を上げ、名球会入りまでした大投手が警察沙汰になるような騒動を起こしたのは一体なぜなのか。
加齢による「脱抑制」の可能性
まず、72歳という年齢から加齢の影響が考えられる。最近、暴言を吐いたり、暴力を振るったりする高齢者が増えており、「暴走老人」としてマスコミで取り上げられることも少なくない。村田容疑者も、「暴走老人」の1人とみなすことができるが、その一因として、加齢による「脱抑制」が考えられる。
「脱抑制」とは、外部の状況に対して怒りや攻撃衝動を抑えることができなくなった状態であり、躁状態、あるいは薬物やアルコールの摂取によって起こりうる。日頃は借りてきた猫のようにおとなしいのに、酒が入ると人が変わったように攻撃的になる人がいるが、こうした豹変は、アルコールの影響で脳の抑制機能が一時的に失われるせいで起こる。
脳の抑制機能は、加齢によっても低下しうる。これは、感情や衝動を制御する役目を果たしている前頭葉の機能が年齢とともに衰えることによる。もちろん、個人差があり、一概にはいえないにせよ、若い頃は真面目でおとなしかったのに、年を取るにつれて頑固で怒りっぽくなった親に振り回されて困っている方から相談を受ける機会が最近増えている。
こういう場合、加齢による「脱抑制」の可能性が考えられるので、病院できちんと検査を受けるよう勧める。「脱抑制」は認知症の患者にもしばしば認められるからだ。とくに前頭側頭型認知症、いわゆるピック病では、物忘れはあまり目立たず、むしろ「脱抑制」が認められることが多い。
ピック病では、脳全体が萎縮するアルツハイマー病とは異なり、主に前頭葉と側頭葉が萎縮するため、前頭葉の機能が低下して、抑制がきかなくなる。その反面、記憶障害はあまり目立たないので、他の精神疾患と誤診されることもある。
たとえば、60代の男性は、近所のスーパーで食品の万引きを繰り返し、その場で包みを開けて食べることもあったという。注意されるたびに怒りだして、手がつけられなくなるため、連絡を受けた家族が迎えに来て、盗んだ食品の代金を支払うという繰り返しだったのだが、さすがに何度目かでスーパーも堪忍袋の緒が切れたのか、ついに警察に通報した。逮捕されて尋問を受け、「専門医に診てもらったほうがいのではないか」と警察官から助言され、精神科を受診して、ピック病と診断された。
このように、ピック病になると「脱抑制」のせいで社会的ルールを守れなくなり、万引きや盗み食いなどの反社会的行動がしばしば出現する。こうした行動を周囲から注意されたり、制止されたりすると、本人は興奮する。ときには、攻撃的になることもある。自分が病気だという自覚、つまり病識がなく、悪いことをしたとは全然思っていないからである。
ピック病に限らず、認知症になると怒りっぽくなることが少なくない。これは、主に2つの理由によると考えられる。まず、記憶障害のせいで大切な物をなくしたり、道に迷ったりすることが増え、不安になる。そのうえ、病識がないので、そういう自分をなかなか受け入れられず、イライラして怒りっぽくなる。
偉大な投手だった村田容疑者に認知症の可能性を指摘するのは気が引ける。私と同じく広島県生まれで、福山の高校出身という共通点もあり、村田容疑者は地元の大ヒーローなので、よけい気が引ける。
もっとも、だからこそ今回の逮捕をきっかけにして、病院で頭部MRI検査をお受けになるほうがいいのではないかと思う。その結果とくに器質的な異常が見つからなければ、それはそれで安心というものだ。
参考文献
片田珠美『すぐ感情的になる人』PHP新書、2016年