“新聞業界のドン”が自らジャーナリズムの手足を縛った2つの裁判とは…
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二人が出た『立ち飲みバー』はブランドショップが立ち並ぶ銀座並木通りの新橋寄りの雑居ビル一階にあった。二人とも新橋から地下鉄銀座線に乗るため、一つ目の筋を外堀通りに出ようと左に折れた。すぐに深井が吉須の背広のひじあたりをつかみ、立ち止まった。
「吉須さん、ちょっと待って」
深井は反対側の歩道を顎で見るように指した。
「あれ、うちの松野ですよ」
大都出身の深井が顎で示した歩道には、浮き浮きした感じで今にもスキップでもしかねないような松野の姿があった。少し下がって並んでいるのは編集局長の北川(常夫)、後ろに二人の中年男が付き従っていた。
「松野の行き付けのバーに行くんですよ。日航ホテルの前の雑居ビルにあるらしいですから。見ていてください。多分、外堀通りに出ると、向こうに渡って左に折れますよ」
二人とも脇に寄って四人の姿を追った。
「カラオケかね」
「そうですよ。隣を歩いているのが不倫相手の自殺という脛傷がある編集局長の北川です。『深層キャッチ』も取り上げていました。その後ろの二人が大都の“ゲシュタポ”です。のっぽの方が秘書部長の杉本(基弘)、もう一人が秘書部の傘下にある法務室の室長です。名前は忘れましたけど…」
「おい、どんな顔つきで歩いているんだい? 俺は後ろ姿しかみていないからな」
「僕が気が付いたときは談笑しながら歩いているように見えました。まあ、後をつけて、どこに入るか、見極めましょう」
深井は四人の後を追って歩き始めた。立ち止まったこともあり、15メートルほど後ろだった。
案の定、四人は外堀通りの信号を渡り左に折れ、松野の行き付けのバーのある雑居ビルに入っていた。深井と吉須は外堀通りを渡らずに四人の姿を追い、新橋方面に向かった。
「カラオケの後、どこに行くのかね。リバーサイドホテルに帰るんじゃないだろうな?」
「明日の朝の予定次第ですよね。でも、あの浮き浮きぶりからすると、恐妻のいる自宅じゃないんじゃないですか。リバーサイドかどうかは知りませんけどね」
「昨日の今日だから、ホテルは変えているかもな。どっちにしても『深層キャッチ』のスクープなど、奴らには“蛙の面に小便”だぜ」
「僕の完敗です。会長が次の一手を打ってもどうにもなりませんね。思い知りましたよ」
「奴らには常識は通用しない。常識人なら『しばらく自粛しよう』と考えるが、奴らはその逆かもしれない。『スクープが出た直後は大丈夫』なんてな…」
「それじゃ、吉須さん、今日も村尾のマンションに愛人の芳岡由利菜が来るかもしれませんね。見回ったらどうです?」
吉須が珍しく冗談ぽく笑みをみせると、深井が突っ込んだ。
「馬鹿言うなよ。そんなの、今は意味ないな。同じ小心者でも、村尾は松野さんほどノー天気じゃない。“腹痛”でも起こして自宅マンションに引き籠っているんじゃないか。あと1カ月くらいは慎重に動くんじゃないか。でも、会長の見ている通り、秋になったら“今泣いたカラスがもう笑った”になっているさ」