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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

「お客様の笑顔」「仕事=やりがい大切」という危険な思想…多くの人を生きづらく

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士

 求人・転職支援を業務とするエン・ジャパンが行った意識調査によれば、仕事にやりがいを感じている人に「やりがいを感じる瞬間」について尋ねたところ、「お礼や感謝の言葉をもらったとき」が61%と最も多かったという。人から感謝されれば誰だって嬉しいものだし、人の役に立っているのを実感することは、仕事のやりがいを感じることにつながり、もっとがんばろうという気持ちになる。

 客が笑顔になり、満足するような働き方をすること自体が悪いというのではない。客が気持ちよくなれるという点では、むしろ歓迎すべきことかもしれない。だが、従業員の側の心理状況に目を向けると、必ずしも好ましい動向とは言えない。

 このところ気になるのは、「お客さまの笑顔」や「お客さまの満足」を強調することで従業員を酷使する、新手の搾取が行われているのではないか、ということだ。しかも、心理学の成果を巧みに利用しているようなのだ。

「間柄の文化」ゆえに人の役に立ちたいという思いが強い

 この連載のはじめの頃に、私が欧米の文化を「自己中心の文化」、日本の文化を「間柄の文化」と特徴づけ、対比させていることを紹介した。

「自己中心の文化」とは、自分が思うことを思い切り主張すればよい、ある事柄を持ち出すかどうか、ある行動を取るかどうかは、自分の思いや意見を基準に判断すればよい、とする文化のことである。そこでは、誰もが常に自分自身の気持ちや考えに従ってものごとを判断することになる。

 一方、「間柄の文化」とは、一方的な自己主張で人を困らせたり嫌な思いをさせたりしてはいけない、ある事柄を持ち出すかどうか、ある行動を取るかどうかは、相手の気持ちや立場を配慮しつつ判断すべき、とする文化のことである。そこでは、誰もが常に相手の気持ちや立場を配慮しながらものごとを判断することになる。

 自己中心の文化では自分の欲求のままに行動するのが正しいことになるが、間柄の文化では相手の欲求を満たしつつ自分の欲求の充足を目指すことが求められる。ゆえに、間柄の文化で自己形成してきた私たち日本人は、人の役に立ちたいという思いが強い。

 そこにつけ込むブラック企業が出てくる。お客が笑顔になるような顧客対応、お客が満足するような顧客対応を強調しながら、巧妙な心理学的仕掛けを行っていくのである。

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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