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六代目山口組弘道会vs神戸山口組山健組の行方…若頭刺傷事件で緊迫、東京に組員集結か

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表面上、平穏さを保っている山健組(写真は、神戸市にある山健組本部)

 いまだに神戸山口組サイドから六代目山口組サイドに対する、暴力を行使しての報復は起きてはいない。そう、4月18日に神戸山口組の中核組織「五代目山健組」の與(あたえ)則和若頭が、六代目山口組保守本流ともいわれる「三代目弘道会」傘下組織組員に襲われ、刃物で刺されて重傷を負うという事件が起きてから、1週間以上がたったのだ【参考記事「神戸山口組系・山健組若頭が刺される】。

 いつ山健組サイドからの「返し」が起きてもおかしくない状況のなかで、両陣営の周辺は不気味な静寂が続いている。ただそれはあくまで表面上の話にしかすぎず、不穏な雰囲気をいち早く察知した捜査当局は、両者の衝突に対して警戒を強めているというのだ。

「まず事件後、大阪ミナミでは六代目山口組系列組織と山健組系組織がトラブルになっているという情報が業界関係者の間で拡散されました。両組織は3月中頃にも小競り合いがあったといわれており、今回の山健組若頭刺傷事件とは直接的な因果関係はないものの、緊張感が高まったのは確かなようです」(ジャーナリスト)

 また、東京でも、両陣営や当局がざわついていると話す関係者がいる。

「捜査当局では、東京に山健組系組員らが集まってきているのではないかと警戒しているようだ。與若頭を刺した組員の上部団体のトップであり、現在もっとも勢力を拡大させているといわれる三代目弘道会統括委員長である野内組・野内正博組長が、事件後すぐに上京していたとみられただけに、山健組側も同組長に目をつけているのではないかと、警視庁の警戒ぶりは相当なものがあったようだ」(地元関係者)

 だが、この関係者によれば、野内組長の上京については、與若頭刺傷事件とは関係のない別の理由があったようだ。それは、一部週刊誌などでも報じられているが、任侠山口組の元直参が六代目山口組系入りをするための対応をする必要があったというものだ。

「今回、任侠山口組から離脱した元四代目臥龍会会長の金原清士組員が、六代目山口組二次団体、七代目奥州角定一家に加入することになりました。その労を取ったのが野内組長だったのではないかという話です。金原組員は、任侠山口組離脱後、去就先が正式に決まるまで、野内組が預かっていたといわれており、晴れて七代目奥州角定一家に移籍先を決定させるために、野内組長自ら上京していたのではないでしょうか」(ジャーナリスト)

 東京が緊迫した状態にあるなかで、任侠山口組でも新たな動きが見られたという。それは、任侠山口組が元直参2人に対して破門処分を下したというのだ。

「任侠山口組は結成後、“来るもの拒まず、去る者追わず”という方針を貫いているといわれてきた。そのため、離脱者に対しても、追放を意味する破門や絶縁といった処分を下さずに、自主的に組を去ったことを意味する除籍や抹消といった通知を出していたのだ。しかし、先日の盃事を経て、織田絆誠代表が組長に就いたことで【参考記事「任侠山口組「織田絆誠組長」誕生か」】、元来のヤクザ組織の運営方針や強硬な処分も取り入れ、結成後初となる破門処分を下したのではないか」(事情通)

 世間はゴールデンウィークを迎え、天皇の代替わりという大義な儀式も控える。各陣営とも、この間に揉め事を起こすことはないともいわれるが、いずににせよ、六代目山口組の分裂騒動は終焉を迎えないまま、新たな元号の時代を迎えようとしている。
(文=沖田臥竜/作家・元山口組二次団体幹部)

●沖田臥竜(おきた・がりょう)
元山口組二次団体最高幹部。2014年、所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新刊は、元山口組顧問弁護士、山之内幸夫氏との共著『山口組の「光と影」』。

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