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歴史学者が読み解く「眞子さまへの思い」…秋篠宮ご夫妻はなぜご結婚を取り消されないのか

文=小田部雄次/歴史学者
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2007(平成19)年12月1日、愛子さま6歳の誕生日に際して発表された秋篠宮ご一家の写真。後列左より紀子さま、佳子さま、秋篠宮さま、眞子さま。前列の乳母車のなかは、当時1歳になったばかりの悠仁さま。(写真:Getty Images)

 2021年9月11日、秋篠宮文仁親王妃紀子さまが55歳の誕生日を迎えられ、宮内記者会の質問に対し文書を発表された。

 注目されたのはやはり、長女である眞子内親王のご結婚に関して。文書最終部で紀子さまは、「長女の気持ちをできるだけ尊重したいと思っております」などと語られ、先に報じられた眞子さまと小室圭氏との「年内結婚」を、基本的には追認なさる方向であろうとの報道が相次いだ。

 その「眞子さまと小室圭氏、年内にご結婚へ」の報が駆け巡ったのは、この9月1日のこと。ご結婚後はアメリカで暮らすご予定とのことで、各メディアはこれを「駆け落ち婚」などと騒ぎ立て、紀子さまによる上記の文書もそれを受けてのものだったわけだが、そもそも秋篠宮ご夫妻はこれまでも、自身の誕生日に行われる記者会見ないし文書発表などによって、折に触れて「お言葉」を発せられてきた。

 秋篠宮文仁親王のお誕生日は11月30日。紀子妃のお誕生日は9月11日。ちなみに眞子内親王のお誕生日は10月23日、佳子内親王のお誕生日は12月29日である。つまり秋篠宮一家のお言葉は、秋から冬にかけて世に発せられることが必然的に多くなる。

 2017年9月3日に眞子さまの婚約発表がなされてから4年。秋篠宮夫妻のお言葉から垣間見える「お気持ち」について、日本近現代史が専門で近代皇室史にも詳しい小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授に読み解いてもらった。

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●小田部雄次(おたべ・ゆうじ)
1952年生まれの歴史学者で、静岡福祉大学名誉教授。専門は日本近現代史。皇室史、華族史などに詳しく、著書に『皇族―天皇家の近現代史』(中公新書)、『肖像で見る歴代天皇125代』(角川新書)、『百年前のパンデミックと皇室』(敬文舎)などがある。

 

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 眞子さまが小室圭氏と結婚するという。納采の儀などは行わず、一時金も辞退して、アメリカで生活するらしい。しかし、これで一件落着と思う人は少ないだろう。多くの国民は、長年の国民の懸念の声を黙殺したこの決着に、眞子さまのみならず、宮家や宮内庁への不信感を募らせている。一部には秋篠宮家への皇位継承を疑問視する声もある。かつて「眞子さま萌え」とまで叫ばれた人気の内親王が、ここまで国民感情を逆なでするようになるとは、誰が想像しただろうか。

 始まりは、今から4年前の2017(平成29)年9月3日であった。26歳の誕生日を翌月にひかえていた眞子さまが、結婚内定を発表したのである。お相手は、今まであまり国民には知られていなかった小室氏。ICU(国際基督教大学)在学中の同級生で、大学時代から交際が続いていたという。26歳はそれほど遅い婚期ではないが、記者会見でのお2人は、緊張もあってか、やや幼げに見えた。とはいえ、「天皇陛下もお許し」になり、「秋篠宮ご夫妻もお認めになった」という婚約内定発表に、表立って異議を唱える人は少なかった。

 その後、小室氏の母の借金問題が話題となったときも、母親の借金の責任を子どもに負わせるのも酷ではないかという声もあった。さらに、小室氏の過去の私生活が細かに追跡され、破廉恥な行動をかなり重ねてきたことも暴露されていった。それでも結婚前の私生活をほじくる動きには賛否両論あった。

 国民感情を決定づけたのは、多くの国民がコロナ禍のなかで、失業したり、結婚や出産を躊躇したりしている状況で、眞子さまが「結婚は生きていくために必要な選択」と主張したことだろう。それは確かに結婚相手がいながら、なかなか結婚できないことへの切実さがあった。ただ、多くの国民は、小室氏をめぐるさまざまな報道の真偽と、小室氏の正確な事実の説明を聞きたかったのだが、そうした本題にはまったく触れず、さまざまな疑惑に対してもなんの説明も聞けなかった。次代の天皇の娘であり、さらには次の天皇の姉となる内親王のこうしたふるまいに、多くの人々はショックを受けた。

当初は肯定的に語られていた眞子さまのご結婚…「真面目な人」という小室圭氏への第一印象

 眞子さま婚約発表前年の2016(平成28)年11月、秋篠宮さまは誕生日の記者会見で、眞子さまの結婚について、こう述べている。(以下、会見記録の引用は宮内庁HPによる/基本的に原文ママ)

「考えてみますと私たちも比較的若くて結婚して、今の長女の年齢の時には、つまり私が25歳の時に長女が生まれていますし、それから3年後に次女が生まれています。それで今、もうじき51歳ですが、比較的自分が若いうちに子供もある程度の年齢になっていることから、何と表現していいのか分かりませんけれども、ある意味大人としての話を楽しむことができているように思います。これは悪いことではないなと思います。ただこれは人それぞれ考えも違いますので、私は結婚については娘たちの意思をできる限り尊重したいなと思っております」

宮内庁HP「文仁親王殿下お誕生日に際し(平成28年)」より

 秋篠宮さまは、眞子さまの年齢には、すでに結婚していて眞子さまをもうけていたことを述べ、暗に早い結婚を肯定していたし、また本人の意思の尊重も語っていた。このとき紀子さまも、「結婚については、娘たちの気持ちや考えを大事にしたいと思います」と語った。

 翌2017(平成29)年に眞子さまの婚約が内定し、恒例の誕生日の会見では、小室氏と2013年ごろにすでに会っていたと語った。

「多分、2013年ぐらいかと思いますけれども、そのときが、初めてになります。そのときの印象は、大分その、緊張していたということもあったかもしれませんけれども、非常に真面目な人だというのが第一印象でした。そして、その後も何度も会っておりますけれども、その印象は、変わっておりません。また、娘のこと、娘の立場もよく理解してくれていると思います」と、かなり好意的だった。

宮内庁HP「文仁親王殿下お誕生日に際し(平成29年)」より

 また同会見では記者の「結婚後、どのような家庭を築いてほしいとお考えですか」という問いに、「どのような家庭というのも、なかなか、私から言うのも難しいですけれども、本人たちが幸せだと思う家庭であれば、それでいいなと思います」と述べ、紀子さまを見て「どうでしょうか」と話題を振った。

 紀子さまは、「初めの印象についてですが、初めてお会いし、話をしましたときに、丁寧で穏やかな印象を受けました。そして今も、同じような印象を持っております。先日になりますが、小室さんのピアノを聴きたいと話をしましたところ、快く応じてくださり、小室さんの優しいピアノの音色を聴きながら、私たちは心和むひとときを過ごしました。これから、二人が歩み、築いていく生活が幸せであるよう、心から願っております」と述べた。

 さらに記者から、「両陛下からは、どのようなお言葉を」と問われ、秋篠宮さまは、「そうですね。両陛下からは、おめでとう、良かったねという趣旨のお言葉がありました。大変うれしそうなご様子でした」と答えた。また、紀子さまも「両陛下は、長女の眞子が初めての孫であり、大切にお見守りくださり、結婚する相手に会ったことを、大変お喜びくださりました」と答えている。平成の両陛下が喜ばれ、同意されたと語ったのである。

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