不倫にハマる大手新聞社社長…ホテルのスイートでシャンパン
松野は背広などの衣類や腕時計など身の回りの品はブランド品で固めていたが、飲み物にはこだわりがなかった。当然、ワインの銘柄にも不案内だった。でも、最高級のシャンパン「ドンぺリ」が有名なことは知っていたし、何よりも忘れられない思い出があった。
注文の品をテーブルにセットし終えたボーイはワゴンを押して入口まで戻り「追加の注文があれば、お電話ください。24時間サービスです。では失礼します」と、ステレオタイプな挨拶をし、部屋を出た。
松野は寝椅子から立ち上がった。高揚する気分を沈めるように深呼吸し、窓際のソファーのところに行き、テーブルのワインクーラーから「ドンぺリ」のボトルを取り上げた。そして、しげしげと見つめたボトルをワインクーラーに戻し、ソファーに身を沈めた。
「もう10年か。香也ちゃん、喜ぶぞ」
松野はそう独り言つと、思い出に耽るような風情で目を瞑った。すると、執務用デスクの上に置いた携帯電話が鳴った。はっと我に返り、松野は立ち上がった。
香也子からだった。普段はメールでやりとりするが、ホテルの部屋で密会する時はメールでなく、直接、電話で話すことにしていた。21階でエレベーターを降り、香也子のほうから松野に電話、松野がドアスコープからみて、彼女の姿がみえると、ドアを開けるのだ。
この日もいつもと同じだった。
「わかったよ。香也ちゃん」
松野は電話を切ると、ドアスコープを覗き、すぐにドアを開けた。
「早く閉めて」
香也子が慌てた様子で、部屋に入り、ハンドバッグを胸に抱えるようにしてリビングの中央まで小走りに駆けこんだ。ドアを閉めた松野が後を追うように声をかけた。
「どうしたの?」
笑顔で近づいてきた松野に眉間に皺を寄せた香也子が振り向いた。
「何か変なの、今日は。いつもと違う感じなの」
「変って、何が?」
「パパ、何かね、今日は見張られているような感じなの」
「取り越し苦労じゃないのかい? 香也ちゃんとのこと、知っている奴なんていないよ」
「それは間違いよ。大都社内では皆なんとなく疑っているの。気づいていなかったの?」
「確かにね、以前に怪文書がばらまかれたことがあるけど、僕が社長になる前だよ。その後は何もないでしょ。香也ちゃん、そんなに神経質になることないさ」
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週1月12日(土)掲載予定です。
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